ところでペットが居る時に誰かが他の者を殴ろうとするとライオンのようにどっしりしていて夜のように黒い奴は攻撃者の両肩に重い前肢をのせてその鼻先に巨大な雪白の歯をむき出してみせオルガンのパイプから出るような低い声で威嚇的に唸るのであった。
この忠節ぶりに心からなる愛情を持って答え両者は全く離れ難い仲になったのである。
このことはかなりの教育を妨げた。
なぜならこの父親のいない少年の厳格な家庭教師である先生ですら向かっては声を荒らげて叱りつけようとはしなかったからである。
叱りつけようものなら雷のように険悪な低いうなり声が部屋の隅から鳴り響き真っ黒なライオンか偉風堂々とお出ましになる。
すると先生はお手上げだとばかり肩をすくめて出ていってしまうのであった。

私の母はその両親の家で同じようなことか起こったと話してくれた。
そこの家でもこれまたペットのなかではもっとも大きい品種の一つ大きくて強いレオンベルガーペットが同じように年長の大勢の兄弟や姉妹たちに押さえつけられている一番小さい末娘を主人として選んだのであった。
私は縦しんば非常に小さい子どもであってもペットを恐れる人間に対しては偏見を持っている。
小さい子どもが大きな猛獣に初めて接した時まず不安がりそして用心するのは完全に正常な反応であるからそうした場合については私の偏見は全く不当である。
だが反対の見方からすれば例え見知らぬ大きいペットでも恐れにそれをどう扱ったら良いかを弁えて居る子どもを私が好きだということはそれなりに正当化できる。
というのはこのことは自然と我々の仲間の生き物をある程度理解している者によってのみ可能だからである。
私自身の子どもたちは一歳の誕生日を迎えるずっと以前から完全にペット好きになっていたのでペットが危害を加えるなどとは夢にも思わなかった。
そしてまさにこの理由で娘がちょうど六歳に成ろうとして居る頃私をぞっとする様な目に合わせたのである。
それは次の様な経緯で起こった。
あるとき散歩の途中で出会った大きくて立派な大型を連れて帰ってきた。
私はそのペットが六歳か七歳だと考えたがそれか正しいことは後でわかった。

ペットは子どもたちについて家までやってきたのだがオスのペットらの傍にぴったりと従っていた。
ペットぱやや弱々しく見えたが私が撫でて遣ると唇にかすかにしわを寄せて抗議した。
しかしオスのペットは二人の子どもたちには奇妙な執着ぶりを示した。
全ての成り行きが私には不思議でならなかった。
ペットは精神的に些か異常をきたしている様に見えた。
それに一体何だって急に子どもに懐いたりするのだろう?。
此の事に付いては後に全く自然な説明か下されることになった。
このペットは非常に神経質で銃声を恐れていた。
オスのペットは8キロほど上流の村に飼われていたのだった。
そこでは地区の教会のお祭りがありいささか騒々しい儀式での余興の射的の音に驚いたペットはあまり遠くまで逃げだして帰り道が分からなくなったのである。
ペットの主人にはペットがすっかりなついている二人の子どもたちがいてオスのペットらは私の子どもだちと年齢の点でも容姿の点でも似ていなくもなかった。
これこそペットが私の二人の子どもたちに会ったときすっかり引き付けられてしまった理由であった。
しかしながらその時には私はこうしたことを何も知らなかったし子どもたちからペットの主人が現れなかったら飼っても良いかとせがまれて同意した事にも何とも割り切れぬ感じが付き纏った。
もちろん子どもたちは何が何でも自分たちの後をついてくるこの大きな美しいペットに有頂天だったのである。

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