追記
ペットは主人に似る、丁度子供が親のカガミのように。
私たちの職業は、主人とペットを多く拝見します。
私自身、長い間ペット(犬、鳥、ハムスター、金魚など)を飼っていると、性格だけでなく、見た目も似てくる気がします。
日々生活を共にしているので、自然に似てしまうのでしょう(夫婦が似てくると言われるのも同じかもしれません)。
 これを裏付けるような実験結果が出ていたので紹介します。
犬の写真と主人の写真を混ぜて、主人と犬を当てるという実験をUCLAサンディエゴ校で行った結果、犬が純血種の場合、二十五匹中十六匹が正解しました。
一方、雑種の場合には、犬と主人が似ているという結果は得られませんでした。
 このことから、主人は子犬の時から自分の顔に似た犬を選ぶのではないか?と推論されました。
つまり、ブルドック顔の主人は、ペットとしてシペリアンハスキーを選ばないということです。
 雑種の場合は定かでないという結論ですが、私の知る限りでは、雑種の場合も主人に似ていると思っています。
顔の造作だけでなく、表情も印象に与える影響は大きいので、雑種の場合は表情が似ているのかもしれません。
ですから、写真で選ぶのではなく、実際の犬と主人を見たら、雑種でも正解率が上昇するような気がします。
 この実験の結果は、飼っているうちに主人とペットの顔が似てくるのではなくて、主人が自分に似ている子犬を選んでいるということになります。
ですが、飼っているうちに表情などが似てくる可能性もあるのではないでしょうか。
 猫は? というと、私が知る限りでは、犬ほど顔が似てきません。
猫の表情は特殊であるのが原因かもしれませんが、性格が似ているように感じます。
猫を飼っている友人が「みみこはかりんとうが好き」と話しますが、友人自身も「かりんとう」が大好きなのです。
 猫でも犬でもペットを飼っている身近な人をよく思い出せば、本当に似ているのに気づきます。
試しに雑誌やテレビでもいいので、主人とペットを見てください。
顔つき、特に目つきが「あれ? 似てる?」と納得することがありますよ。
面白いですね。
村の揚水場のそばで一匹の小さい黄色の雑種ペットに出会った。
ちびペットは死にそうな恐怖に襲われて戸が開いている村の雑貨屋の店に逃げこもうとした。
激しくオスのペットを追いつめ横っ腹にぶつかり前にも書いた投げとばすようなしぐさで体当たりした。
そのためにちびペットは店先から路上に跳ね飛ばされてしまった。
稲妻のように素早くちびに圧し掛かり再三突きとばした。
ちびはそのつどひどい苦痛に見舞われたかのようにキャンキャン鳴きついには敵に向かって命がけで噛みついた。
唸ったり顔をしかめたりせず噛みつかれても意に介さず表現される恐怖は黙って突きとばす動作を続けていた。
オスのペットはこのちびをトラブル相手としてはまったく軽蔑していたので口をあけるにも値しないと考えたのである。
しかしオスのペットはメスのペットが発情しているときにしつこくわか家の庭に姿をみせたこの黄色いペットを憎んでおりいまこのちびに対する怒りをこうした手荒なやり方でぶちまけているのであった。
実際の痛みが感じられるより先に苦痛の叫びでペットは口のはしの一定の位置によって特徴づけられる。
口のはしがひどく引きつるので口腔の粘膜が巻きこまれて露出し唇に黒っぽい輪郭となって現れる。
こうしてペットの顔は多くの場合これに伴う鳴き声とともに人間の尺度からしても奇妙に哀れっぽい表情をみせることになる。
ペットは私たちの家の前のテラスに大きくなった子どもたちを訪問した。
オスのペットは挨拶し両者はともに尾を振りそしてメスのペットは愛情を込めてオスのペットのロのはしを舐め甘えて鼻でちょっと押した。
それからは嬉しそうに父親に近寄ってくる息子のほうに向き鼻でちょっとオスのペットを押した。
だかその腰部を嗅ごうとすると息子はひっきりなしに振っていた尻尾を後肢の間に挟んだのでそれが出来なくなってしまった。
子ペットは父親を恐れてはいないのだが背中を丸めていた。
それはオスのペットか媚びている姿なのであった。
事実オスのペットはひっきりなしに鼻で愛撫してくれるように父にせがみそのロのはしを舐めようとする。
ペットは自己を誇示するような態度をとってはいないもののほとんど困惑したようにみえるほど背すじを伸ばし威厳のある姿勢を保っている。
オスのペットはペロペロ舐める子ペットの鼻づらをよけて頭を傾げその鼻を届かないように高く上げた。
父かもてあまして避けたのに力を得た子ペットがますます夢中になったとき父の顔に煩わしそうなシワがよった。
それに反して子ペットの額は滑らかでそのうえぴんと張っているので目の引っ込んだ所は何かの裂け目のように窪んで見える。
他のペットに挨拶する態度もそうだったようにこの子ペットがあらわす動作は非常に従順なペットが主人を迎えるときのそれにまさしくそっくりである。
擬人化していえば若いペットはある程度の恐れと目上の者に近づくようにオスのペットを仕向ける愛情とを適当に調和させているのである。

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